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東京高等裁判所 平成5年(う)552号 判決

主文

本件控訴を棄却する。

当審における未決勾留日数中一五〇日を原判決の刑に算入する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人松本憲男作成名義の控訴趣意書に記載されたとおりであるから、これを引用する。

第一  控訴趣意中事実誤認の主張について〈略〉

第二  控訴趣意中訴訟手続の法令違反の主張について

一  所論は、要するに、原判決は、大瀬雄樹が平成五年二月九日以降捜査官に対して行った供述(変更後の供述)は基本的に信用性を認めることができると判断しているが、弁護人は、原審において、大瀬の捜査官に対する右同日付け以降の各供述調書について、同人の供述に変遷があったとの立証趣旨の限度で同意したに過ぎないから、原判決の右判断は、明らかに右の立証趣旨を逸脱して右各供述調書を有罪認定の資料にしているものであって、原判決には、判決に影響を及ぼすことが明らかな訴訟手続の法令違反がある、というのである。

二  この点まず、原判決が「証拠の標目」の項中に大瀬の検察官に対する同日付け及び同月一二日付け各供述調書(〈書証番号略〉)を掲記しており、「事実認定の補足説明」の項における説示内容と合わせ考えれば、原判決において大瀬の検察官に対する右各供述調書が犯罪事実認定の証拠資料として用いられていることは明らかである。そして、原審記録を調査して検討すると、原審第八回公判期日において、①検察官から、立証趣旨をいずれも「事故時被告人車両に同乗していなかったこと等」として右各検察官調書、大瀬作成の同月九日付け上申書(〈書証番号略〉)、大瀬の司法警察員に対する同日付け、同月一〇日付け及び同月二一日付け各供述調書(〈書証番号略〉)並びに大瀬作成にかかる各略図(〈書証番号略〉)の証拠調べの請求があり、弁護人が右各請求証拠を証拠とすることに同意しないとの意見を述べたこと、②さらに、大瀬の検察官に対する右各供述調書については、検察官からいずれも刑訴法三二一条一項二号に該当する書面として取調べを求めるとの意見が述べられ、弁護人からも右法条に基づく取調べには異議がないとの意見が述べられ、その結果、右各検察官調書につき同号に該当する書面として証拠調べの決定がなされ、その取調べが行われたこと、③一方、大瀬の司法警察員に対する右各供述調書、大瀬作成の上申書、大瀬作成にかかる各略図については、検察官から、その立証趣旨を、大瀬雄樹の供述の変遷とする旨その変更の申立があり、弁護人において立証趣旨の変更につき異議がないとの意見が述べられ、裁判長が右変更を許可した上、右各司法警察員調書、上申書及び各略図につきいずれも非供述証拠として証拠調べの決定がなされ、その取調べが行われたことが認められる。したがって、以上の手続経過に照らし、大瀬の検察官に対する右各供述調書については、その供述内容が証拠となる書面として適式な証拠調べが行われていることが明らかである。

三  次に、大瀬の検察官に対する右各供述調書を刑訴法三二一条一項二号に基づき証拠として取り調べることができるかどうかみると、検察官がその旨主張し、弁護人においてもその点異議がない旨意見を述べていることは別として、本件の手続過程と右各検察官調書が作成された状況、右各検察官調書の供述内容ないし大瀬の供述の変遷過程並びに前記第一の四4において認定したとおり大瀬が死亡したことなどを合わせ考えれば、右各検察官調書がいずれも同号前段に該当する書面であることは十分に肯認できる。すなわち、前記第一の四において検討したとおり、大瀬は、原審第二回公判廷(平成四年一二月一〇日)において証人尋問を受け、本件事故の際本件車両に自分が乗っていたかどうかなどにつき供述し、その後検察官から取調べを受け、前の証言と異なる供述を内容とする前記二月九日付け及び同月一二日付けの各検察官調書が作成され、次いで、原審第六回公判期日(同月一八日)に検察官から大瀬を改めて証人として取り調べることを求める証拠調べの請求があり、同期日にその旨の証拠調べの決定があって、原審第七回公判期日(同年三月五日)に大瀬が証人として喚問されていたところ、同日早朝に大瀬が自殺したという経過が明らかである。なお、検察官が原審第六回公判期日に再度の大瀬の証人尋問を請求したのは、大瀬の前回の証言内容を変更させ、右各検察官調書と同一の内容の供述を得ようとしたものであったことも、当然に窺われる。そうすると、右の各検察官調書は、大瀬の原審第二回公判期日における証言との関係では、同証言よりも後にした供述を内容とするものであるから、刑訴法三二一条一項二号後段を適用することはできない。しかし、原審第七回公判期日に行う予定であった証人尋問との関係では、前に一度公判期日に証人として供述しているとはいえ、原審第七回公判期日にはこれと異なる内容の供述すなわち新たな内容の供述を行うことが予定されていたのであるから、供述者が死亡したため公判期日において供述することができないときに当たるものということができ、したがって、右各検察官調書に同号前段を適用することができるものと解される。

四  以上要するに、原審が大瀬の検察官に対する同年二月九日付け及び同月一二日付け各供述調書をいわゆる二号書面として証拠調べを行い、原判決においてこれらを犯罪事実認定の証拠資料として用いたことは、何ら違法不当なものではない。なお、非供述証拠として取り調べた前記各司法警察員調書、上申書及び各略図については、原判決において「証拠の標目」の項にこれらを一切掲記しておらず、「事実認定の補足説明」の項をみても、これらを犯罪事実認定の証拠資料として用いていないことは明らかである。

したがって結局、原判決には所論指摘のような訴訟手続の法令違反はなく、論旨は、理由がない。

よって、刑訴法三九六条により、本件控訴を棄却し、刑法二一条を適用して、当審における未決勾留日数中一五〇日を原判決の刑に算入することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官松本時夫 裁判官小田健司 裁判官河合健司)

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